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2005年9月25日 (日)

お墓参り

秋分の日より二日遅れでお墓参りに行ってきました。祖母が眠っています。いろいろ

な事情で、3年くらいお墓を訪れていませんでした。今回はチャンスに恵まれて、

久しぶりに行くことにしました。仏花はりんどうやケイソウなどが入ったものを選び、

線香とおはぎを持って行きました。行く道信号運がとても悪く、度々赤信号に引っか

かり、早く祖母に会いたいのにと少しイライラ。それでも40分程で祖母のお墓に着き

ました。風が強かったけれど、雨は降りませんでした。「おばあちゃん、久しぶりね。

ゴメンね。長いこと来られなくて。」と言いながら桶の水をお墓にかけて、買ってきた

お花をお供え。線香に火をつけて、手を合わせていろいろお話。「病気、必ず治る

からね。もう少し見守っていてね。」と顔を上げました。主人も線香を手向けて手を

長いこと合わせていました。祖母は私が9歳のときに亡くなったので主人は祖母に

会ったことがありません。でも、振り返って、「おばあちゃん、笑っているよ。」と

言いました。とても嬉しくなりました。持参したおはぎをお墓の前で食べました。

もう一度、手を合わせて「おばあちゃん、また来るね。」とお別れしてきました。

肩の荷が下りたような気がしました。私は、ものすごいおばあちゃん子でした。

洋服もおやつもすべて祖母の手作り。リカちゃん人形の服なんかもささっと作って

くれました。シュークリームが得意でよく作ってくれました。ケーキ、ドーナッツ、

クッキー、フレンチトースト、みたらしのお団子、べっこう飴・・・思い出のおやつ

がたくさんあります。私が小学校中学年になった頃、突然入院すると言って、

大きな荷物を抱えて祖父と出ていきました。バタンと閉まった玄関の扉の音を

今でも忘れることができません。その後、入退院をくり返し、結局58歳の若さ

で亡くなりました。祖母を失った後、私はしばらく情緒不安定でした。いつでも

自分の傍で守ってくれた祖母がいなくなってしまってから、私は家で自分の

居場所を失ったのです。その時から、ホームを探すようになりました。祖母が

健在だったら、私は病気ではならなかっただろうと思います。少なくとも病気の

下地であるAC(アダルト・チルドレン)にはならなかったでしょう。もう亡くなって随分

経つのに、祖母を思うと切なくなります。私はまだ祖母の死から立ち直れていない

のかもしれません。

おばあちゃん、ごめんね。でも、いい夫に恵まれたから安心してね。これからも、

見守っていてね。ずっとずっと、ありがとう。

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コメント

良いお参り出来て、本当に良かったですね。
台風も遠慮してくれたかな (^-^)V
お祖母様も安心なさったでしょ。

私も母を失った後三年位ネガティブな状態だと自分で思いました。

最近漸く立ち直れたと感じます。
みやびさんもきっと元気になれますよ0(^-^)0

投稿: ako | 2005年9月25日 (日) 21時17分

akoさん

ありがとうございます。祖母は私にとって母親同様でしたので、本当はもっとお墓に行きたいのですが。
まだまだ祖母の前では子供に戻ってしまう私です。帰りは青空が広がり、祖母のおかげかな、なんて思いました。

投稿: みやび | 2005年9月25日 (日) 21時48分

ご主人さまとお墓参りができてよかったですね。
きっとおばぁちゃまもよろこばれたとおもいます。
今はご主人さまの隣がみやびさんの居場所でしょ?

投稿: sandy | 2005年9月26日 (月) 16時11分

sandyさん

ありがとうございます。はい、きっと喜んでくれたと信じています。

>今はご主人さまの隣がみやびさんの居場所でしょ?

もちろんそうです。なのですが、精神医学的にはなかなかそれで片付かないのです。幼い頃の傷を引きずったまま大人になると、私のようになってしまうケースが多いのです。それが、ACです。

投稿: みやび | 2005年9月26日 (月) 19時20分

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