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2006年5月29日 (月)

それぞれの道

昨日、高校時代の同級生に会ってきました。年賀状のやり取りはしていましたが、

会うのは10数年ぶりでした。さだまさしさんのコンサートの日に、突然彼女から

メールがあったのです。電源切っていたので受信に気づくのが遅くなりました。

翌日、「久しぶり!どうしているの?」と返信。数回やり取りして会うことになりまし

た。今年の年賀状が転居先不明で戻ってきたのでちょっと心配はしていたのです。

突然の連絡に、何かあったのかと余計心配になりました。でも、ただ会いたい、

としかメールでは言わないので、まぁ会ってからだな、と渋谷に向かいました。

ハチ公口で待ち合わせ。懐かしい顔に出会い、「変わらないわね。」と言ったら

彼女は、「お互いに、ね。」まだまだ老け込む歳じゃないですからね。

人込みを避けて、落ち着ける喫茶店を探して入りました。オーダーしたものが

運ばれてくると、彼女はこれまでの人生で何があったのか、話し始めました。

苦労の連続、苦渋の選択、払った大きな代償・・・今なお重いものを背負いな

がら、懸命に生きています。私が途中で薬を飲んだら、とても心配顔になり、

一日どれくらい飲んでいるのかとか、ご主人は理解あるのかとか聞いてくる。

「私は大丈夫よ。今はね。酷かった時もあったけど、今は安定してるから。」

と答えました。それでもまだ聞きたそうなので、病気になったいきさつ、酷かっ

た時のことなど、すごく久しぶりに人に話しました。彼女もいろいろ分かって

安心してくれたようでした。

「修学旅行のとき、○○先生がさぁ・・・」とか「○○子と連絡つかないのよ。

みやび知らない?2年の時の。」「あー、覚えているけど連絡してないなぁ。」

など多少思い出話みたいなものもしましたが、私も彼女も、今目の前にある

現実の方が重すぎて、女子高生の気分に浸りきれませんでした。昔は、同じ

高校生という立場だったのに、今はそれぞれの道で、何かを抱えて、背負っ

て生きている。もちろん、結婚して子供の1人2人生んで幸せに暮らしている

同級生の方が多数派だろうけれど。

生きていれば何かしらある。何の苦労もなく生きていければそれにこしたこと

はないだろうけれど、何かある人生の方がある意味恵まれているような気が

する。何かあれば、それなりに何かしら考えるし、学ぶこともあるし、それが

成長へと繋がっていくような気がする。もちろん、何も考えず何も学ばず、同じ

ようなことを繰り返す人も大勢いるけれど、それはそれで、一つの人生の在り

方なのかもしれない。本当に人生はそれぞれだ。

来月から新しい職場に移るという彼女に、「頑張ってね。落ち着いたらまた

連絡ちょうだい。」とハグして、彼女の今後に幸多かれと祈った。彼女も、

「みやびもお大事にね。夏頃また会おう。」と言い、別れた。

彼女の背負っている重荷は、いつか時間が経てば下ろせる日がくるだろう。

私は私で、4年以上抱えているこの病気とはやくさよならしたい。

もちろん会えて嬉しかった。でもいろいろと考えてしまった再会だった。

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コメント

私の勝手な想像でしかありませんが、なんとなく、急に思い立ったように誰かに会いたくなる、彼女はそんな心境だったんでしょうね。
私もそんな心境になること、時々あります。

投稿: あきちゃん | 2006年5月29日 (月) 23時11分

みやびさんへ
おひさしぶりです。忙しくて、なかなか来られませんでした。ごめんさい。
今日はお友達に会われたのですね。高校の同級生って、時間を超えてその頃に戻れて、何でも話ができて、とてもいいですよね。私も、弱った時には会って話を聞いてもらう大切な友達がいます。解決はしないけれど、ただ聞いてもらうだけで、いいのです。少し元気がでるから…
私も、幸せな人から見ると、「あんたって苦労が多いね~」とよく言われます。(自分でも実感していますが…)「でも、負けてないからすごいよ」とも。そう見える様にしているだけ、なのですが…。
人生で一番つらい時に出会った本で、元気づけられました。そのうち自分のブログで紹介しようと思っていたのですが、ーPHP社の飯田文彦先生(福島大学の先生です)の「生きがいの創造」ー
スピリチュアルな本です。何故自分がそのような運命なのか…それは自分自身が生まれる前に決めてきたから。
私はこの本のお陰で、自分自身に起こるいろいろなことを受け入れることができようになった、気がします。もし良かったら読んで見て下さい。
みやびさんが言われた様に何かある人生の方が意味があるって、その通り、きっと何かしらの意味があってそんな人生の設計図を書いて生まれて来たのかもしれません。私はそう思う様にしています。
お友達、自分で乗り越えられるといいですね。見守ってあげて下さい。
長くなりました。またきます。

投稿: なお | 2006年5月29日 (月) 23時59分

実はここ数日、高校からの親友と色々ありました。生きる上での苦しみの乗り越え方等々を巡っての、激しい攻防でした。
友達も苦しみ、私も同じように苦しみました。ここまで言っていいものかどうか、相手は立ち直れるだろうか・・・でもあえて挑みました。これまで培っていた絆を信じて。
人は何かしら「壁」のようなものを持って生きていると思います。でも、その壁は乗り越えるためにある。乗り越えられない壁は与えられない、そう信じています。


投稿: そこそっこ | 2006年5月30日 (火) 00時00分

くりにゃー、毒を吐きます。

人は幸せに生きるべきです。
苦労の連続の人生は、確かに意味があります。乗り越えることで人間的に成長できるチャンスが与えられている、と思います。
けれど、そんなこと、ないほうが幸せに生きられると思います。
ぬくぬくと、にこにこと、ほかほかと、幸せに過ごし続けられる人生が、一番幸せなのではないか、と思います。人間的に小さな人生なのかも知れないけれど、いつも幸せで生き続けられるのならば、それが一番だと思います。

あんまりつらい人生は、やっぱり、つらくて嫌になります。幸せになりたい、て思い続けるような人生は、不幸せなのだと思います。それは、人生としては、あまり選択したくないです。

人に依るのでしょうけれど。あえて茨の道を歩む、というのが好きな人もいらっしゃいますし、ひとそれぞれの人生だ、ということはわかってはいますが、私は幸せな人生が好きです。

勝手言ってごめんなさい。

投稿: くりにゃー | 2006年5月30日 (火) 02時04分

キッチンです。

みやびさんて、懐の深い人ですね。
決して、善悪をはっきりとは、つけないです。
(事の善悪は別です。人に対してです。)

「何も考えず何も学ばず、同じようなことを繰り返す人も大勢いるけれど、それはそれで、一つの人生の在り方なのかもしれない。本当に人生はそれぞれだ。」

 ここに、みやびさんの人柄がにじみ出ています。
普通なら、「同じ過ちを繰り返すな」が通例ですが、みやびさんは、それも一つの生き方と捉えられたことに感銘いたしました。

大人です。
立派です。
すごいです。
素直です。
そして何より、人に温かいですね。

久しぶりのお友達にも、気構えることなく、自然体でお話できてよかったです。
きっと、そのお友達も、みやびさんにお会いしてよかった、と思っていらっしゃると思います。

投稿: キッチン | 2006年5月30日 (火) 02時44分

いろんな人生を歩んでいるけれど自分の人生は自分が主人公だから。
お友達は話を聞いてもらえてうれしかったと思いますよ。


投稿: sandy | 2006年5月30日 (火) 09時38分

あきちゃんさん

うん、きっとそんなところだったんだろうと思います。そんな時に私のことを思い出してくれて嬉しかったです。けっこう、こういう人いるんですけどね。

なおさん

来てくださってありがとうございます。なおさんもいいお友達をお持ちでいいですね。私もなおさんのブログを拝見していますと、本当に色々なことがおありで、でも懸命に生きていらっしゃるなぁと尊敬します。本のご紹介、ありがとうございます。機会があったら読んでみたいです。私の友は、決して悲壮感に溢れていたわけではなく、ただただ一生懸命さが伝わってきたので、きっと乗り越えると思います。彼女が迷った時は、また力になれたらと思います。ありがとうございました。

そこそっこさん

そうだったんですか・・・大変でしたね。でも以前より絆が強まったんじゃないでしょうか。おっしゃる通り、壁は乗り越えるものですね。私もそうありたいです。

くりにゃーさん

別に毒でも勝手とも思いませんよ。とても正直で素直なご意見だと思いますし、私も苦労なく生きられるならそれにこしたことはないと思う部分もありますから、別に否定している訳じゃないんです。
くりにゃーさん、いま、おしあわせですか?
それなら、今のままでいいじゃないですか。
それとも、しあわせを探していますか?
だったら、貪欲にくりにゃーさんにとって最も心安らぐしあわせを追求してくださいね。
くりにゃーさんのおしあわせを願っていますよ。

キッチンさん

(;^_^A いやいや、私はそんな立派な人間ではありません。まぁ、過ちは繰り返さない方がいいですけどね。でも繰り返してしまう人にはその人なりの理由があるんじゃないかと思うんです。その過ちの陰に犠牲者が出るのだとしたら(他人とか或いは子供とか)それは私も肯定できないです。でもそうでないなら、その人の選択ですからね。

sandyさん

そうですね。主人公。本当にその通りだと思います。
友は少しはホッとしてくれたかな?だといいんですけどね。

投稿: みやび | 2006年5月31日 (水) 03時05分

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